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2011 7 13

石垣・与那国へ視察研修報告 その3

投稿者: ai カテゴリー: ブログ

視察2日目。

外間守吉与那国町長と一緒に
平成21年8月の与那国町長選で
自衛隊誘致を掲げて圧勝した 外間 守吉 町長や
「自衛隊誘致に関する要請決議」を取りまとめた
糸数 健一 与那国町議から
与那国の現状について 話しを聞く事が出来ました。

外間町長達の話をまとめると、
日本最西端 与那国島が、今まさに 危ない状況です!

尖閣諸島付近には、豊富な海底資源があると言われています。
これを知った中国は、凄まじい勢いで軍備増強を行い、
西太平洋の支配を画策していますね。

そのため 自民党政権時には、
与那国島への 陸上自衛隊の部隊配置を進めていました。
与那国町庁舎には「自衛官等募集」の横断幕が掲げられていました

しかし 政権交代後、北沢防衛相は、
「早急に整備する必要があるのか。
いたずらに近隣諸国に懸念を 抱かせるのはどうか」と述べ
与那国島への陸上自衛隊の部隊配置は 滞ったまま…。

自国の国境離島に、それを守る自衛隊を置くのが、
なぜ 近隣諸国を刺激することになるんでしょう?
隣接する国が軍事強化を行っている中、
国境の島に自衛隊を配備する事は、ごく当たり前の事です。
北沢氏、平和ボケか??

また、町役場の職員さんと お話しする機会もありました。
そこで、一般の職員さんや町の方々は
自衛隊誘致を どのように思っているのか 聞いてみました。


与那国で重病人が出ると、海保に石垣市の病院へ運んで貰います。
しかし 石垣市の病院でも手に負えない時は、
日本国最西端之島
今度は 自衛隊に 那覇市の病院へ搬送して貰うのです。
与那国に住む人間は、
自衛隊がいるから安心して生活ができ、
反対している人でも、実際は自衛隊に依存しています。
町民の生活の為にも、自衛隊誘致には賛成です。


これが、偽らざる生の声でした。


与那国島は 我が国最西端の国境の地であり、
我が国の防衛のみならず、
広大な排他的経済水域を構成する重要な地でもあります。
この国境離島の守りを 強化する意味を、シッカリと考えなければなりません。

2011 7 12

石垣・与那国へ視察研修報告 その2

投稿者: ai カテゴリー: ブログ

また、中山市長は、
尖閣諸島の歴史についても 話して下さいました。

犠牲となった人々を祀った慰霊碑「八重守之塔」
石垣市において、消して忘れてはならないこと。
それは、戦時中、尖閣諸島付近で起きた
遭難事件についてでした。

昭和20年6月30日、
台湾疎開中の石垣町民180人が 米軍機の機銃を受け、
2隻のうち1隻は炎上、もう一隻は大破。
海に投げ出されてた大多数は 魚釣島に辿り着いたものの、
多くの者が餓死や病死し、生還者はわずか50人余りでした。

このような歴史的背景をふまえ、
復帰前の昭和44年、当時の 石垣喜興市長が 魚釣島に上陸し、
尖閣遭難者の慰霊祭を行いました。

しかし その直後の昭和45年、
中国が領有権を主張してきたため 、
尖閣諸島へは 自由に上陸する事が出来なくなりました。
そして今日に至るまで、現地での慰霊祭は実施されていません。
(今は石垣市新川にて、毎年 慰霊祭を実施しています。)

尖閣列島戦時遭難死没者慰霊の碑
石垣島民にとって 尖閣諸島は、
生活を支える漁場であるだけでなく、
祖先の魂が眠る 特別な場所でもあるのです。

今、北方領土墓参は、
北海道が実施主体となって実施されています。

尖閣諸島においても 北方領土同様、
遺族の心情を 酌みとり、
現地での 慰霊祭が出来るようにするべきです。

そのためにも 政府は、
石垣市長の尖閣諸島上陸を許可すべきです!

2011 7 12

石垣・与那国へ視察研修報告 その1

投稿者: ai カテゴリー: ブログ

7月9日~11日、
石垣・与那国へ視察研修へ行って来ました!

中村義隆 石垣市長と一緒に。
南国の石垣市へ到着した9日、
石垣市役所にて 中村義隆 石垣市長とお会いし、
尖閣諸島を抱える 石垣市が抱えている問題について
お話しを聞く事が出来ました。

尖閣諸島を行政区域とする石垣市は、
昨年の中国漁船による領海侵犯事件を受け、
12月の市議会で 1月14日を
「尖閣諸島開拓の日」と定める条例を制定しました。

今、尖閣諸島は
石垣市の行政区域に属しているにもかかわらず、
地方税法408条が規定する
市長村長が行うべき 固定資産税の為の実施調査や
自然環境・現状把握すら行えていません。
この事から 石垣市長は 政府に対し、
尖閣諸島へ上陸し 視察・調査が行えるように要請して来ました。

しかし政府は 平成23年1月7日、
総務省自治税務局固定資産税課長名で、これを拒否。
その理由は、政府は「平穏かつ安定的な維持 及び 管理」のために
尖閣諸島の賃借を行っているから…としました。

中国漁船に衝突された「よなくに」にて、右から 松浦芳子杉並区議、こいそ明都議、吉田康一郎都議と一緒に。後部には、今も衝突の傷跡が残っています。
つまり、
政府は 無用な混乱を避けるために、
市長の上陸を拒んでいるのです。

しかし、尖閣をめぐる状況は、大きく変化しています。
中国は これまで以上に声高に 尖閣諸島の領有を主張し、
中国漁船が領海侵犯を繰り返し、上陸まで意図しています。

このような現状の中で 日本が何もしないのは、
逆に尖閣諸島の「平穏かつ安定的な維持 及び 管理」を
脅かす事になります。

中山市長の尖閣諸島上陸視察は実現は、
石垣市だけに 課せられた問題ではありません。
我が国固有の領土を守るため、
私たち一人一人が 声をあげて行かなければならない問題なのです。

2011 7 09

尖閣海域が危ない!

投稿者: ai カテゴリー: ブログ

尖閣諸島は、
明治28年1月14日に 我が国領土に編入されて以来、
父祖たちの手により開拓されて来た 日本固有の領土です。

魚釣島全景写真
戦後の一時期、米軍の管轄下にありましたが、
昭和46年の沖縄返還協定により 沖縄とともに返還され、
今日に至っています。

しかし最近の中国は、
国際法を無視し、一方的に尖閣諸島に対する領有権主張。
周辺海域では 中国船による違法操業が常態化し、
中国公船による 威示行動が行われるようになっています。

現在、尖閣諸島周辺海域の主権は、
海上保安庁や自衛隊の働きにより 辛うじて守られていますが、
予断を許さない情勢です。

尖閣諸島における 我が国の主権が侵害されると、
先島地域の安全が脅かされると同時に、
海洋国家である我が国の国益が 大きく損なわれます。
鰹節工場の住人が勢ぞろい
我が国が毅然として 尖閣諸島の主権を守る事は、
東アジア&東南アジアの 平和と安定にもつながります。

中国に対し、今こそ 行動を起こさなければなりません!


尖閣諸島をめぐる中国の動きを注視し、
尖閣地域の主権と安全を守るため、
こいそ明 都議会議員を団長とする 地方議員の有志で、
石垣・与那国へ視察研修に行って参ります!

日程は、7月9日~11日。
東京へ帰って来たら、また現状をご報告します!

2011 7 07

七夕に願いを込めて…

投稿者: ai カテゴリー: ブログ

7月7日は、七夕。
願いごとを短冊に書いて 笹に飾ったり、
笹で作った舟を 水にうかべたりしますよね。

七夕は 平安時代の日本の行事と、
中国から伝わった風習が あわさったものと言われています。
七夕に願いを…



日本の「棚機(たなばた)」
選ばれた乙女が 水辺の機屋で着物をおり、
それを神様におそなえして、秋の収穫の無事を祈っていました。

棚機は 7月7日の夕方に行われていたため、
「七夕(しちせき)」と呼ばれていました。
のちに棚機の読み方があわさり “ 七夕 ” と書いて
“ たなばた ” と 呼ぶようになったと言われています。


中国の「織姫と彦星」
中国の神様の娘である織姫は、機織りがとても上手でした。
そして、彦星も とても働き者の牛使いでした。

織姫と彦星は 結婚して仲良く暮らしますが、
あまりにも 仲が良すぎて 二人は毎日遊んでばかり!
その様子を見て怒った神様は、
二人を天の川で隔てて 離れ離れにしてしまします。

ところが、悲しみのあまり二人は泣いてばかりで、また働かない。
そこで神様は、きちんと働く事をを条件に、
1年に1度 7月7日に、二人が会えるようにしたと言われいます。


織姫と彦星の話しは、子供の頃に聞いた記憶がありますね。
純粋な子供の頃の私は、
「織姫と彦星が無事に会えるように、
七夕の夜は雨が降りませんように…」なんて祈ったものでした。
織姫と彦星

そして今は…。
彼氏・彼女が出来ても、グダグダ生活になちゃダメだよ~、
恋愛は恋愛、仕事は仕事だよね~。
と、冷静に言えるようになりました。大人になったのね!?(笑)

皆さんも 短冊に願い事を書いて、飾ってみてはいかがですか♪