2015年 2月 25日

「民のかまど」のお話し

投稿者: ai カテゴリー: ブログ

昨日のブログにも載せました
「民のかまど」のお話を紹介いたします。


ある日、仁徳天皇が
難波高津宮から遠くをご覧になられた。

すると人々の家からは
少しも煙が上がっていないことに気付いた。
天皇は
「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、
 貧しくて炊くものがないのではないか。
 都がこうだから、地方はなおひどいことであろう」
と、仰せられ、三年間、税を免除されました。

税を免除したために朝廷の収入はなくなり、
宮殿は大いに荒れました。
天皇は衣を新調されず、
茅葦屋根が破れ、雨漏りがして、
星の光が屋根の隙間から見えるという有様でした。

「民のかまど」のお話し
三年がたって、
天皇が同じ高台に出られて、
遠くをご覧になると今度は、
人々の家々から
炊煙が盛んに立つのをご覧になり、
一緒におられた皇后に
「我は豊かになった。喜ばしいことだ」
と、おっしゃいました。
皇后は
「変なことをおっしゃいますね。
 衣服には穴があき、屋根が破れているのに、
 どうして豊かになったといえるのですか?」
「国とは民が本である。
 その民が富んでいるのだから、我も富んだということだ。」
と、こう申されました。

天皇は引き続きさらに三年間、
税を献ずることをお許しにならず、
六年が経過して、やっと税を課して、
宮殿の修理をお許しになりました。

すると人々は命令もされていないのに、
進んで宮殿の修理をはじめ、
またたくまに立派な宮殿ができあがったといいます。

それ以来、人々は天皇を
「民のかまど」のお話し
「聖帝」とあがめるようになりました。


これが「民のかまど」の話しです。

この精神は、
歴代の天皇に脈々と受け継がれてきました。

東日本大震災の影響から
計画停電が行われたとき、
今上天皇、皇后両陛下は停電の時間に合わせ、
皇居御所の電気を切り 暖房も使わず、
生活しておられました。

被災された方の苦難に思いをはせ、
国民と困難を分かち合うと言う大御心には
本当に目頭が熱くなる思いです。

このような 日本人古来の精神性を大切にし、
自国に誇りを持ってもって 生活していきたいものです。

コメント (1)


  1. 阿修羅軍曹February 25, 2015 at 15:18:46

    仁徳天皇の残された精神が現在の皇室まで伝わっているのを
    とても誇りに感じます。

    敬宮愛子内親王が震災からしばらくの間計画停電の続いた時期

    「東宮御所の節電大臣」

    であられたのを思い出しました。  

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